札幌市 東区 整体レンガの家の整体院 なんぽ 代表より

こんにちは!
レンガの家の整体院 なんぽ 代表の南保真人(なんぽまこと)と申します。
2023年10月31日にここ札幌市東区に整体院をオープンいたしました。整体師としては珍しく”理学療法士”という病院やクリニックでリハビリを提供するライセンスを取得しています。医師のもとで医療に従事することはとても勉強になり手術後や骨折後の方が徐々に回復していく、患者さんの姿を間近でみさせていただける環境はとても素敵でした。
しかし、同時に”手術を根本的に受けなくても良い体の状態にしたい。”転ばない体なら骨折しないのでは!”と思うようになり、整体院を開業しました。
今まで10年以上医師にもとで勉強させていただいた知識と技術を、今度は整体師として地域の皆さんに届け、皆さんの不調や痛みの根本改善をお手づだいさせていただければと思います。どうぞよろしくお願い致します。
【略歴】
学生時代にケガをしたことで、理学療法士を志す。
理学療法士の国家資格を取得後、病院に勤務しキャリアを重ねていたが、友人の病に対して何もできない自分に気づく。そこで、何かできることはないかと模索する中、オステオパシーとバイニーアプローチに出会う。病院での勤務の傍、日本全国を飛び回りながら学び続け、気づけば10年が過ぎていた。そんな中、最愛の祖父が他界。原因は脊柱管狭窄症で手術を受けた際の合併症であった。もっと自分にできたことはあったんじゃないかと、病院での勤務に疑問を持つようになる。その後、さまざまな方との出会いの中で起業という選択肢を見つけ、2023年10月に一念発起し起業。保険を使用しない自費での整体院を始める。現在は、友人の病に対してできる施術を模索しながら日々の臨床に励む
札幌市 東区 整体これまでの歩み
札幌市 東区 整体膝の大ケガ
高校入学とともにバスケ部入部。
入部3日目の練習中、先輩と激しく衝突し激痛と共に立てなくなる。
精密検査の結果、右膝前十字靭帯断裂という選手にとって致命的な大怪我が発覚し、全治一年という診断だった。
手術か引退か迫られる状況であったが、覚悟を決め手術を選択。
選手としてプレーできない歯痒さに折り合いをつけながら、復帰までの一年間をマネージャーとしてサポート業務に徹した。
2年の夏になり復帰するも、1年間のブランクは想像以上に重く、体力的についていくことができない現実に歯噛みした。
同年秋、思い切り踏み込んだ右膝に再び激痛が起こる。
右膝半月板損傷だった。
早急に手術が必要であったが時を同じくして主治医が倒れるアクシデントが重なる。
結果、手術は半年延期になり私は再びマネージャー業務へ戻ることに。
その後無事に右膝の手術を行い、3年の春に復帰するも何もかもが不完全燃焼で高校バスケ引退へ。
当然、バスケットへの熱は冷め切らず、友人たちと社会人チームを結成。
初期メンバーとして、チームの運営に奔走する。
しかし、チームの練習中に再び右膝前十字靭帯断裂。
3度目の右膝の手術となり引退を決意する。
「もう最後だな。」との思いから、未練を断ち切るために道具も処分することに。
その数年後、筋トレにのめり込みダンスプログラムなどで体を絞っていたある日、元チームメイトからバスケットに誘われた。
「遊び程度なら」と数年ぶりに思い出の詰まったコートに立つと、とても懐かしかった。
トレーニングをしていたおかげで、充実した時間はあっという間にすぎ、残り数分。
体力も有り余っている、痛みもない、トップスピードでコートかける私に最高のパスが通った。
最高のシュートだった。
そのジャンプとともに左膝に激痛が走り転倒。
「動けない」この馴染みのある激痛は覚えがあった。
翌日、勤め先の病院で精密検査の結果、左膝の前十字靭帯断裂の診断。
当然、主治医に手術をすすめられるも、この時仕事で多忙を極めていた私は、手術をせずに様子を見ることに。
走ることや運動自体が制限される中、気づくと8年が経っていた。
いつものように歩いていた私は突然左膝の激痛に襲われた。
検査の結果、左膝の半月板の損傷だった。
(前十字靭帯の断裂を放置すると半月板や軟骨に高確率でダメージを与える)
この時、すでに開業していた私だが、このままでは営業に差し支えると思い4度目の手術を決心する。
(2026,1月現在 仕事をしながらリハビリ中)
札幌市 東区 整体アトピー性皮膚炎
18歳からアトピーを発症。
通常、子供の頃にアトピーを発症し大人になるにつれ改善することが多いが、私の場合は逆であった。
初めは背中、額が少し赤い程度だったが徐々に広がり全身に。
当然皮膚科に受診するも、保湿剤やステロイドの処方で経過観察。
そして、痒みや湿疹が強くなるにつれて強い薬へ移行する。
この作業の繰り返しが続き、いつの間にか8年が経っていた。
病院に行けば献身的に治療、説明をしてくれる医師や看護師にはとても感謝しているが、症状が良くなる兆しは全くなかった。
そんなある日、理学療法士として治療の勉強会に出席した際のこと。
「キミ顔すごいね、わさび塗られちゃった??笑」と勉強会の講師に声をかけられた。
話の流れで「じゃあ、少し治療してあげるよ」と。
初めは、何の治療をするのかわからなかったが、想定外のアトピーの治療をしてくださると言う。
正直にいうと初めは信じられなかった。
しかし、一月後全く薬が効かなかった症状が少し引いたのである。
翌月に再び講師に会った時「少しよくなったね、よかったね笑」と、相変わらず軽いノリだったが、その言葉は良くなることを確信していたかの様だった。
このとき、初めて薬以外の希望が見えた。
理学療法士が整体でアトピーが治せるのかと。正直驚いた。
そこからは、アトピーに効きそうなことがあれば片端から試す日々が始まる。
ネットやSNSが盛んな時代の後押しもあり情報収集には困らなかった。
アトピーを発症してから18年。
今は薬を手放せるほど改善しています。
そして感じるのは、こんなにも「体は楽なのか。」「人生は楽なのか」ということ。
また、何より今まで私と出会ってくださった方々への感謝です。
症状が改善した今があるのは、今まで出会っていただいた人達のおかげです。
その中の誰一人かけてもここには辿り着けなかったでしょう。
全てのご縁が一つとなり、私を救ってくれたという実感があります。
本当にありがとうございます。
今思えば、アトピー発症以前から表面は笑っていても内心怒っている。
昔のトラブルを思い出し怒っている。
自分にはできないと感じ怒っている。
などなど、常に怒っていました。
常に感情を制御・処理できずに、感情に振り回される日々。
いわゆる欠乏感が強い人間でした。
その欠乏感を少しずつ手放せた時に、新しい出会いとアトピーの改善がありました。
結果、人としても成熟できたと感じています。
アトピー:和訳)奇怪な、奇妙な
すなわち原因がわからない、皮膚の炎症です。
もしかすると、私の場合はそのような精神状態と人としての不熟を教えてくれるアトピーだったのかも知れません。
札幌市 東区 整体今後の展望
目標は地域のランドマーク的な整体院になること。
体に何か問題が出たら「あそこに行こう」と思っていただけるように、一人一人のクライアント様を大切にし、信頼を地域の方々に積み上げていきたい。私の整体という事業はその人らしさ取り戻すことだと考える。
また痛みや不調でできないことや、ストレスに思うことを改善しその人らしい振る舞いを取り戻した時、真の意味で充実感が湧き、ゆとりができ周りの人や家族に優しくできると想う。そういった、隣の人が隣の人を幸せにしていく、そんな同心円状に幸せがループしていくイメージを実現できる地域の一助になりたいと考える。


